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アムステルダム散歩  1993

久しぶりに旅の話を、といってもタイトル見たらバレバレですね

もう 10年以上前の話です。



アムスに行ったのはドイツで働き始めて半年経った待ちに待った初Urlaub(休暇)でした。

ドイツとは隣ということもあって、あまり違いないんじゃ、と期待してなかったんですが なかなかどうしていい街でした



有名なアンネフランクの家、マダムタッソーの蝋人形館、ちょっとマイナーなところでは、拷問博物館やハッシッシ博物館なんてユニークなのも!(もちろん行きましたよ。特に、拷問博物館が興味深かったです。貞操帯なんてのもありました)

駅からまっすぐのびる大きな通り沿いにはSEX博物館がド~ンと建ってます。



有名な飾り窓にも行きました。

私が住んでいたハンブルクにもレーパーバーンという歓楽街があって飾り窓もありましたが、そこは鉄の扉があって中は見たことがなかったんです。

飾り窓といえば、イスタンブールにもあってどうしても行ってみたかった私は、同じホテルに泊まっていたオランダ人の男性旅行者と一緒に行ったことがあります。この時は、たくさんの人に聞きながら(オランダ人の彼は、体をクネクネさせて←女のつもり?!「こんな女性がいるところ。」などとゼスチャーしながら・・)やっと、たどり着いたそこもやはり扉で入り口にはトルコ語で「(たぶん)18歳未満入場禁止」の文字。

私たちが入ろうとすると、ポリスが私をひきとめ「GIRL,NO!」

結局入れなかった私は、この数年後、ダンナと一緒に行った時再びチャレンジ。

ショートカットでジーンズ姿、ネパールではダンナと手をつないでいた私は地元の人」に「お前達は ゲイか?」と聞かれ、花の都パリでは、女子トイレに入ろうとしてオバサンに「あなたは、あっちよ。」と言われた私です男に見えないこともないでしょ。

が、そういう時に限ってしっかり女と見られて、ひきとめられました。

ポリスはひとりにしておくのは危ないと思ったのか、交番のようなボックスに招き入れてくれ、チャイまでふるまってくれました私に気が付いたスケベおやじがはやしたててもおまわりさんと一緒の私、ボックスの中から見える飾り窓(ちょっとだけ見えた!)や行きかうオヤジや若者達を観察。

話が、大きくそれましたが、アムスの飾り窓ですね

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アウシュビッツ(現オシフィエンチム) ポーランド

イスラエルにも行き ドイツで生活していた私が、どうしても ここは訪れたい、と思っていた。



アウシュビッツ



収容所の入り口の「ARBEIT MACHT FREI」の文字。

ARBEITのBの文字が上下逆なのは 収容者達の抵抗の気持ちだそうだ。

英語のツアーに参加した私を案内してくれたのは かつてここに収容されていたおじいさん。

彼の言葉の一言一言は あまりにも重く 真剣に聞く。



犠牲者たちの着ていた衣服の山。

山済みになった 名前や住所の書かれたトランク。

犠牲者の体から取り外された 義手、義足の山。

めがねの山。

髪の毛の山には、おさげ髪も。そして その髪で作ったというカーペット。



目をそらさずに 必死に見ている私。息が苦しい。



2万人もの人が銃殺されたという「死の壁」

そして もっと効率よく殺す方法として考え出されたのが、「ガス室」。

そのガス室に、おじいさんの声が静かに響く。

ドイツのUrlaub(休暇)

ドイツ人は勤勉だと、頭の中にイメージがあった私は、ドイツで暮らし始めてビックリしました。
ドイツでは、2,3週間の休暇をとってでかけるのは当たり前で、夏と冬のUrlaubにどこへ行くか、というのはとても大切な問題です。
私の職場でも 交代で2,3週間のUrlaubを年2回とっていました。
Urlaub Geld(休暇金)も一日あたり30DM弱(レストランで2人分のランチ代に相当)出るんだから こりゃ 行かなきゃ
Urlaubが近くなってくると みんな気もそぞろ、仕事もうわのそら・・。
私も ドイツに居た6年間でいろんなところに 行きました。
働いていた3年間の
1年目
冬のUrlaub ケルンのカーニバル、アムステルダム
夏  日本へ一時帰国、プラハ、ブダペスト
2年目
冬 エジプト、イスラエル
夏 ギリシャ、トルコ
数日の小旅行で  パリ 、ザルツブルク(オーストリア)、 クラクフ(ポーランド)
仕事をやめてから
スペイン&ポルトガル(1ヶ月)、
イスラエル、ヨルダン(2ヶ月)、
インド&カトマンズ(ネパール)(6週間)、イスタンブール(出産後5ヶ月で)
ニューヨーク、ブリュッセル(産後1年、再び旅に出たい病再発。1週間)
帰国が決まり、まっすぐ帰るのももったいないので バンコク経由で帰国(バンコク滞在9日間。すっかりアジアにハマる)

ドイツの中のトルコ

初めての旅先がトルコだった私にとって、トルコ移民の多いベルリンの街はまるで小さなイスタンブールでした。



クロイツベルクという トルコ人が多く住む地区が 近くにあってそこに行けばトルコ語で話す頭からスカーフをかぶった女性が行きかい、チャイハネではおじいちゃん達がチャイを片手にバックギャモンに夢中。

わ~いうれしい



レストランや、ドネルケバブのスタンド、トルコ人用の旅行会社、スーパー、八百屋、美容室ETC・・・

なんだか 今ドイツにいることが信じられない。

おまけに普通の店より安いかも。





トルコを旅行した人の多くが 絶賛するのがエキメッキというずん胴なフランスパンみたいなトルコのパン

これが、また食べられるの?と、心躍らせたんだけど どういうわけかドイツのトルコスーパーでは丸いパンで、トルコではなじみがなかったものでした

残念



でも アパートのそばのケバブスタンドはとってもおいしくて いつも大賑わいでハンバーガーなんかよりヴォリューム満点で大のお気に入りだったな~。

トルコに行って本場のドネルサンドを食べた時も 「 ベルリンのヒサールインビス(店の名前)の方がおいしい!」と、マジで思いました。

今でも あるのかな~?あのスタンド



ドイツの食事

ドイツに来て一番驚いたこと  それは食事の量の多さ

もちろん体格も全然 大きいんですけど。

だから、レストランに行ってもドド~ンと、大皿に 2人分ぐらいのメインディッシュ、付け合せのマッシュポテトも2人分。

こんな生活続けていたら 私の胃袋もドイツ人並に成長

日本から来た友達が 1人前の量の多さに半分近く残しても、私は平気で平らげデザートまで頼める余裕



ケーキをはじめとして甘いもの大好きな私

カフェが多いドイツではよく食べにいってました。

が、日本で主流のクリームたっぷりのケーキはほとんど見ず、ベリー類が落っこちそうなくらいのかったタルトや、りんごのパイ、、甘~いチョコケーキ、濃厚なチーズケーキなど。

バームクーヘンは ドイツが発祥地らしくて、ハンブルクにいたときは有名なバームクーヘンの店があって時々食べに行ったな~

ドイツでは ケーキにクリームを添えて食べることが多くて、特に甘みが強すぎることが多いチョコケーキと一緒に食べると まろやかな味になってとってもおいし~の。

ほとんどのケーキは 私に言わせれば甘すぎ。日本のケーキの繊細な味は期待できません。

が、ウチのダンナは「自分の国がなんでも一番、また始まった!」と言うんだけど、やっぱり比較しちゃうんだよね。

確かに パリでケーキ食べた時も「日本の方がおいしい!」って、断言した私です。



ドイツのソーセージは おいしかった。

ベルリンのカリーブルストは カレー粉とケチャップが1口サイズのソーセージの上に載ってるもの。

ニュールンベルクでは有名な小さいソーセージをおなかいっぱい食べた~。

ミュンヘンではこれまた有名なビアホール ホーフブロイハウスで ミュンヘン名物の白ソーセージヴァイスブルストを満喫←これ皮を取って食べること知ったのは帰国してずいぶんたってからでした。妙に歯ごたえのいいソーセージだな~、とずっと思ってました



プロフィール

旅こぶた

Author:旅こぶた
もとバックパッカー主婦。好きなのはインド、トルコ、イスラエル、タイ、バリ島などなど・・・。今はもっぱら家族旅行ですが、赤ちゃんのころから旅に連れ歩いていた子供たちもやっぱり旅好き。夢は家族でインド長期旅行!
旅日記のほか、趣味で作ったハンドメイド作品の記録も。

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