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旅の履歴書 9 湾岸戦争

湾岸危機を知ったのは、私がゴラン高原にあるキブツを1ヶ月で出て、アフラ近郊のこじんまりしたキブツで孤独に過ごしていたときでした。前のキブツとは逆にボランティアがほとんどいなくって数人いたボランティアは、ネイティブでみんなが集まって会話が始まるといつも話しから取り残される私でした。



そんな日々でも、キブツニークのタミーというイスラエル人の女性と仲良くなって家を訪ねたり、ボランティアリーダー(ボランティアの世話をしてくれるキブツの人)のオフラおばさんと一緒に仕事をしたり家に行ったりしていました。

そのオフラから「今、この中東は危ないのよ、知ってる?」

と、言われた時は、でした。

全く知らなかったのです。

でも、イスラエル人はこの類のクライシスには慣れているのか、一通り説明してくれて最後に一言「ま、心配ないわ。」



しか~し、テルアビブ近郊で働いていた友達(一緒にエジプト~ヨーロッパを旅した)に会うと

「なにのんきなこと言ってるの~!!」と、日本の新聞やら英語の雑誌を見せてくれ、とどめは

「私なんて雇い主からこんなの支給されたんだから!」と、見せてくれたのはガスマスクでした

ひえ~

これってやっぱり、危ないんだろ~か



でも、まだイスラエルを去る気にはなれない・・・。

じゃ、とりあえず、って感じでエジプトへ。

戻ってきて3週間後も、事態は好転せず・・・。

で、しばらく滞在後、ビザもおりなかったので、ヨーロッパへ出たのは以前書いた通り。



年明けを迎えた、トルコの田舎の村で



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ヘンプ編みの日々

週末に帰省してから 毎日食っちゃ寝の上げ膳下げ膳と、夢のような日々を過ごしております\(~o~)/ 

 こんなになまけぐせついちゃって大丈夫かよー!帰ったら、子供会の役員なので毎朝ラジオ体操に参加なんですけどー、すっごい不安です。起きられるかなぁ…夏休みのラジオ体操なんて小学生の時以来で、覚えてないし。  

       今は、毎日が夏休み状態なので、しっかり持参してきたヘンプセットでせっせせっせと編み編みしてます。ふだんは、なんやかんやと中断しつつやってるのでひとつ仕上げるのもけっこう時間かかるんだけど、気のすむまでしてられるので数日間でネックレス2つ、ブレス4つ、キーホルダー2つが完成。

その一部を公開! 角四つだたみのモノトーンブレスは梵字のビーズがけっこうあってると思う。段染ヘンプは輪結びにして模様をいかしてみました。ピンクのチョーカーはてんとう虫の鈴がラブリーで、私のというより娘にとられそう。 やはり、数をこなすことだよね、やってるうちにわかってくることって

多いもの。慣れてくることで、納得いく作品がだんだん増えてくる。去年作ったモノは、今はほとんど残ってないのです。(ビーズを残してほどいてしまったから)愛着のわく作品を作れるようがんばらなくちゃ!

段染めブレス

久々に ヘンプ編みです。

この段染めとカレンシルバーの組み合わせ大好き

月のカレンシルバーの飾りが ちょうど手首にあたって着けてみて(ア~、失敗?)と、思いましたがべつに痛いわけでもなく、このエスニックな雰囲気が気に入っているブレスです。



私は 小学生の頃から家庭科が大の苦手でして、ブラウスやゆかたなど作らなくちゃいけなっくってそのたび母親に手伝ってもらっていました

が、先生はそんなのお見通しで、毎回授業の度に私の前に張り付いて動きませんでした・・・私は一応やっているフリなどしながら授業の終わるのを待って、家に帰ると母に、「今日はここまでやって!」と、お願いするわけです。

次の授業では 、先生はそれを手にとって「自分でやるようにね。」と、チクリ



今は 別に女子が家庭科、男子は技術(って言うの?大工さんみたいなの)とは決まっていないらしいけど。

そ~だよね。大嫌いだったもん、私。

それも、できあがったブラウスとか 授業中に着なくちゃいけなくって・・・

ウチの母親も 裁縫得意ではなかったから、出来上がったブラウスの襟が曲がってたりして、すごくイヤだったな~。



って、なんか全然関係のない話になってますが・・・、そうそう、何言おうとしたかっていうと、そんな私でも 趣味でヘンプ編みなんかして、ヘンプをよく知らない友達などから、

「わ~、すごいね!」「器用だね」なんて言われている不思議さ



まだまだ、ヘンプも奥が深いな~、と思うの私です!

もっと、がんばるぞ~

旅の履歴書 8 カッパドキア 

イスタンブールから、ブルサ、アンカラを旅して廻った後、私達(キブツからの友達)はカッパドキアへ。

シーズンオフで観光客も少ないこの奇岩で有名な田舎の村で、結局私は2ヶ月過ごしたのでした。



安宿に泊まって、最初のうちはカッパドキア各地を 少しずつ見て廻りました。



トルコの内陸にあるカッパドキアは とても寒くてGジャンにセーターだけの私は耐え切れずに上着を買うことに決めました。

なにしろ、も少なくなってきています。

ここは いっちょうできるだけいい買い物をせねば



村のレザーショップでチャイを片手に、じっくり値切って黒の皮ジャン、ついに購入

手入れ用にクリームと袖詰めのサービス、そしてお昼ご飯をおごってもらう約束で、当日おなかをすかせて店に行った私達を待っていたのは、約束したおじさんではなくて もうひとりの英語は全くダメだというおとなし~いおじさんのみ。

そのおじさんはジャケットを渡したらおわりだと思っていたようで 約束のクリームもおごりの話も「知らない。」と、言うのでしばらくそこでおじさんを待つ。

が、全く帰ってこない。私達がいつまでも居座るのでおじさん2(と、かってに命名)は、明らかに迷惑そう。私達の目を避けるように店の外へ出て行ったり、どこかに電話したり。

結局、おじさん2がたぶん自分のポケットマネーで近くのレストランに連れて行っておごってくれました。

そして、皮ジャンのクリームについても「サービスでレザー用のクリームをつけてくれるって、言ったから買ったのに~」とゴネる私達に、

最初は「ニベアクリームを使えばいいんだ。」

などと、言ってましたが最後には、これまた自分のポケットからクリーム代を渡してくれました。

ありがとう、おじさん2

カレンシルバーのダブルねじり結びブレス

久しぶりにヘンプ編みについて書きます。



最近 ネットショップで買い物するのが楽しくて ついつい衝動買い

ヘンプ関連のショップは 特に見ているだけのつもりが、物欲に負けてしまって・・・。

近所では ヘンプやとんぼ玉などかわいいものがなかなか見つけられないのでネットショップ各店にはずいぶんお世話になっています。



あんまり画像がよくないのでわかりにくいですね

とってもかわいいカレンシルバーのまんまる鈴をブレスのとめ具として使ってます。

中心にはシンプルなカレンの筒型ビーズをいれてます。

ヘンプは濃い目のむらさきとうすいむらさきで結び目がしましま模様を作っててこれまたシンプルでいてちょい大人風とでももうしましょうか・・・



私は 普段パステル系の色やいわゆる女色って身に付けないのですが、アクセサリーまで黒、グレー、紺色、カーキでは沈みすぎなのでポイントにこんな紫ってすきです。

髪は短いし、ジーンズが多いのでちょっとこんなシンプルなアクセサリーとピアス、スカーフでアクセントをつけています。旅行中には、ネパールとパリで男に間違われた経験あり

パリでは女子トイレに入ろうとして止められ、ネパールでは、冗談で「半分ネパール人」と、言ったらキッパリと「ネパールの女性は、そんな男みたいな髪形はしない」と、言われ・・・

でも~、この髪形にしちゃうともうのばせないよ~。ラクで!

自分でチョキチョキ切っちゃうしね。

節約、節約!

って、自分が書いたの読んでても(ホントに女か~?)って思いますね・・・。









旅の履歴書 7 トルコ

ヨーロッパを南下して、再びやってきました、大好きなイスタンブール

電車の窓から なつかしいモスクのミナレットが見えます。

(よっしゃ!がんばるぞ)と、気合を入れなおし、重いバックパックをかついで安宿の多いスルタンアフメット地区へ。



大通りから近い安宿に荷物をおろし、さっそく外へ。

初めての街と違って、方向オンチの私でも地図を見なくても歩ける(見ても歩けないことは、昨日の日記でバレてますね^^;)イスタンブールは、楽しい



ひとり旅でも旅行者をほっといてくれないのが、トルコ。

日本びいきのトルコ人が、次から次へと話しかけてきます。

カタコトのトルコ語で返すと、も~う満面の笑顔で「すばらしい!!」「おい!!このジャポンはトルコ語わかるぞ。」と、周りに私を指さして

「ちょっとだけです。」などと、トルコ語で返すとますますうれしそうな周りにおだてられ・・・。

初めてトルコに行ったときは、人寄せパンダのようにトルコ語を言わされ、アチコチ引き回されたので機嫌の悪い時は しそうによくなってました。

今回も、ひとり旅なのに一人っきりになれない状態。

だから、疲れた時は遠目になって見えていないフリをして無視を決め込み。

が、ナンパ野郎を無視したら、

「なんだよ、ブスのくせに!!」の捨てゼリフが

むっか~なんなの、一体!!

旅の履歴書 6 ヨーロッパ上陸

エジプトを、3週間旅した後、いったんイスラエルに戻った私は、フェリーで、キプロス、ギリシャを経由してイタリアに入りました。本当は、もっとイスラエルにいたかったのだけど、キブツでの滞在ができないということで断念。(もうすでに半年いたので「じゅうぶん楽しんだでしょ。」と言われました・・・



確かに 楽しませていただきました

毎日がパーティ状態で、朝早いのを除けば仕事はラクだし、自分の希望もきいてもらえたので、私は何箇所も経験できたし、食事はおいしいので太るのが心配だったほど。

何よりも いろんな国の同世代の仲間と過ごしたことは 貴重な財産ですもん。

我が家のこぶたたちにも 大きくなったら 絶対体験させたいと、思ってます。

ダンナは 実情を知っているだけに反対するかもしれないけど。(結婚後、2人でゴラン高原の近くのキブツに1ヶ月滞在したことがあるので。)キブツの住人からは、ボランティアは 不真面目で麻薬や男女問題を起こすやっかいな存在、と思われがちだったのも事実。

ほとんどの日本人は まじめでしたよ~。アルコールや、奔放すぎる異性とのお付き合い、というのは、欧米のボランティアに、確かにいましたけど・・・。

でも そんないろいろなことを見聞きして あの国で過ごせたことは 今の自分にとってすごいプラスだし、パレスチナ問題に興味を持つきっかけにもなりました。



イタリアに入った時は 秋で暑かった中東をTシャツでブラブラしていた私は自分のみずぼらしさに恥ずかしくて、だって周りはセンスのいいイタリア人ですよ!!「おめぐみを~」と、手を差し出してくるオヤジさえ私よりいい身なりしてるんだよ!!恐るべし、イタリア人。

私はといえば、身も心もさむ~~い

セーターを着込んで、寝袋にくるまって寝る日々。

イスラエルもキブツから一歩出ると、物価高でしたが、イタリアは全てにお金がかかるんだもん。(当たり前ですね)



旅の履歴書 5 エジプト

エジプトには、絶対ひとりでは行かないように

イスラエルで知り合った多くの旅行者や ボランティアに言われたことです。



私は、キブツで一緒だった日本人の女の子とふたりでエジプト入りしました。

彼女とはこの後、周辺諸国をしばらく旅することになります。



エジプト最初の夜 遅いにもかかわらず街へ飛び出した私達はさんざんな目にあいました。

自称大学生のエジプト人の男の子たちがしつこいことしつこいこと

うんざりした私達は ホテルに逃げ帰りました。



が、翌朝ホテルのおじさんに「友達が、来てるよ」

と、言われたそこには 昨夜のエジプト男3人が ニコニコ笑顔で立っているではありませんか

もちろん おひきとり願いました。



ハルガダという紅海の街では、

プライベートビーチ代を渋って タダのビーチに寝転ぶ水着姿の私達のまわりに いつの間にか



旅の履歴書 4 イスラエル出国

イスラエルの出入国は 当時 世界一厳しいことで知られていました。

現在は どこも厳しくなってきていますが・・・。

係員のお兄さん、お姉さんが入れ替わり立ち代り同じようなことを質問してきます。

「どこへ行ったのか?」から始まり、

「誰かから預かったものはないか?」

「旅行中知り合った人はいるか?」

「旅行中書いていた日記を見せろ」

挙句の果てには

「お前の所持している爆弾のせいで 乗客全員の命が危険にさらされるんだ!!」(と、キッパリ)なんで断言

これらの会話は英語で行われ、日本人の中にはイエスとノーの使い方を間違えて不審がられ よけいキンチョーするという悪循環に陥る人も

今回はバスでの出国なので拍子抜けするほどスムーズ。

上の出来事は ドイツから飛んだ時の体験談です。

エジプトから帰って再び出国した時は、ハイファからフェリーだったのですが やはりかなり長い時間厳しく質問攻めにされ、1年間も滞在して働いていた香港からの女の子は出航時間ギリギリまでとめられていて まわりはかなりあせっていました。







テルアビブを 朝10時に出発、お昼には国境着。

エジプト入国後はエジプトのバスに乗り換え、首都カイロに着いたのは夜10時でした。







          

旅の履歴書 3 キブツ続き

次に行ったのは ガリラヤ湖の近くにあったボランティアが70人もいる大規模なキブツでした。

前のところが 人数もそれほど多くなく人間関係がわずらわしかったので 今回の所は自分の希望に合っていそう・・・と思ったのですが。

ここは 観光地ということもあって(聖書にもでてくる聖地)キブツがゲストハウスや、名物のセントピーターフィッシュが食べられるレストランを経営していました。

  

仕事もレストランや、ゲストハウスの掃除、バナナ園、などもあり楽しそう

ボランティアもアメリカ、ヨーロッパのほかに韓国人もいて、特に韓国人の彼はみんなとなかよくしていてとっても感じのいい好青年だったのですが、私が入ってまもなく帰国して入隊するとの事でいなくなってしまいました。

 旅の履歴書 2 キブツ滞在

少しでも長く外国にいたい! その手段としてイスラエル政府観光局が毎年派遣しているキブツ滞在に応募したのは、湾岸戦争の前の年でした。

期間は3ヶ月 でも多くの人が延長して 1年オープンのチケットで発つとのこと。

イスラエル?キブツ?ユダヤ人ってどんな人達?本を読んだりはしたもののわからないことばかり。でも なんかすっごく楽しそう



私が派遣されたのは 北部のナハリヤに近い中規模のキブツ。

うわさに聞いていた宿舎は 想像以上のボロさ

世界各国からボランティアが来ていて 国籍はイギリス、ドイツ、スウェーデン、南アフリカ、イタリアなど、アジア人は私達だけだったけど、人数ではイギリスと並んで2大勢力でした。



日本人は よく働くと思われていておおむねキブツニーク(キブツの住人)から好評

仕事は キッチン、ダイニングルーム、ガーデン、七面鳥の世話、アボカドやポメロの畑、工場、美容院など。

旅の履歴書  1  初めての旅

私が始めての海外旅行でトルコへ行った当時、今のように人気もなく風俗に間違われたりする国でした。

小さい頃から、外国に興味があって日曜朝のTV「兼高かおる世界の旅」を見ては、絶対行くぞ~、と鼻の穴をふくらませていたっけ。

そんな私を見ていたので、両親もしぶしぶ無謀とも思える一人旅を許してくれたのでしょう。

たぶん1回行けば満足だろう、と。

ところが見事に旅の楽しさに目覚めて現在に至ってます。

プロフィール

旅こぶた

Author:旅こぶた
もとバックパッカー主婦。好きなのはインド、トルコ、イスラエル、タイ、バリ島などなど・・・。今はもっぱら家族旅行ですが、赤ちゃんのころから旅に連れ歩いていた子供たちもやっぱり旅好き。夢は家族でインド長期旅行!
旅日記のほか、趣味で作ったハンドメイド作品の記録も。

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