スポンサーサイト

上記の広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。
新しい記事を書く事で広告が消せます。

クリスタル キーホルダー

昨日、ヘンプの材料が入っているバッグの中を久しぶりに整理しました。



そしたら自分では存在すら忘れていたビーズやトップがいくつも出てきました



で、発作的に作ってしまったのがクリスタルをがっしり握ったテラコッタ(たぶん・・)のトップを使ったキーホルダー



藍染ヘンプとCIELOさんのラミーふるめかしでダブルねじりにして、ねじり結びの部分はテラコッタビーズをつけました。

ふさを長めにしてミニボーンビーズの白と黒もつけました~



今度こそは、ネックレス作ろっと
スポンサーサイト

憧れのインドへ 4  カトマンズ 1996

バラナシから、パトナ経由でネパールに入国。



カトマンズでの宿は、旅行者でにぎわっているタメル地区。

ここには、旅行者向けの土産物屋、各国料理のレストラン、パン&ケーキ屋、各国語の古本屋etc、なんでも揃っている、まさに沈没(旅行者が、気に入った場所で長居することをこう言うそうです。)に適したところ

日本語の本もいろいろ揃っているし、特筆すべきは、レストランやパン、ケーキのレベルの高さ

かつてヒッピー全盛時代、カトマンズに来た西洋人達が伝授したというパン(ジャーマンベーカリーを名乗るパン屋が多い。味は、私にとってはかなりふだん食べていたパンに近かったと思います)!

インドでは、フカフカのパンケーキにありつけたのは唯一ダラムサラのチベット人の店だったし、おいしいブラウニーなんて食べられっこない!と、あきらめてたもん←帰国前に コンノートプレイスにおいしいパンとお菓子の店を見つけたけど時すでに遅し



インドでは、入国早々、インド人の怖さを経験し、食事もカレー味のものか、たまに日本食を食べても想像を絶するマズさだし、1年で最も暑い時期の旅だったこともあって、心も体も休養を求めていた私たちにとっては、まさにパラダイス



朝、ゆっくり起きてお気に入りのジャーマンベーカリーに行って、ポットのミルクティーとシナモンロールやサンドイッチなどを食べるのが、日課でした。



それから、ブラブラ歩いてお土産屋ひやかしたり、古本屋に行ったり。(私は、「極道の女たち」を150RSで買っちゃいました。後で、返却した時に半額戻ってきました!)



夕食は、たいてい安くておいしい「味のシルクロード」という店へ。

ここでは、定食もあるけど、ごはんに味噌汁、漬物、コロッケと納豆を注文。もちろん、ごはんはおかわりする!と、いうのが私の幸せチョイス

納豆は、有機栽培の大豆をつかっているそうな。もちろん、味はちゃんとした納豆なんですよ~当時、ドイツに住んでいた私にとっては旅先でこんなに安く日本食、それも(冷凍ではない)納豆が食べられるとはホント、感激でした

この「味シル」に通いつめていた理由は、味と値段以外に、日本の新聞やj旅の情報ノートを読めるということが大きかったんです。海外に住んでいる私たちにとって、特に、活字中毒の私にとって日本語の読める環境はとってもハッピー

毎回夕食に行って、2時間は居座ってました。

カトマンズのほかの日本食レストランも行ったけど、「味シル」が私の中ではナンバー1



こんな、ダラダラした日々を10日程過ごした私達

旅行者にとってはいたれりつくせりのカトマンズに長く沈没していたい気持ちを振り切って私達は、再び、手強いインド人達の待つ国へ戻るのでした~



憧れのインドへ 3 バラナシ 1996

風邪が治らないまま、デリーにいったん戻った私たちは、いよいよ、聖地バラナシへ。

電車が7時間おくれでやっと到着した時は、病み上がりの私は疲れきっていました



到着そうそう、ガンガーに死体がプカプカ浮いているのを目撃

(さすが、インド人が死ぬためにやって来るというバラナシだ~)と、思ったけど 結局 死体が浮いているのを見たのはこの時だけだったので、たまたまだったようです。



宿は、ガンガー沿いの安宿で、眺めのいいテラスでは、各国の旅行者が本を読んだり、おしゃべりしたり、朝食もとれて 憩える場所。(その朝食が、ラッシーを注文しても1時間かかったり、小麦粉だけを水で溶いたようなパンケーキを食べるハメになったりするんだけど



バラナシに来た旅行者が行くところといえば、火葬場。

ガンガー沿いに何箇所かあって、私たちが最初に行ったのは、しつこいガイド(勝手に私たちについて来て、「お金はいらない」とうるさいので、ついて行った)が案内してくれたホスピス(どう見てもふつうのアパート)。

病人とその付き添いの人が何組かいるところに案内されて

「寄付をしろ。」←やっぱりね・・

私たちが出したお金が彼の懐に入るのは確実なので、彼の制止を振り切って外へ。



翌日、同じ宿の日本人が行ったという火葬場へ。

周りには、家族らしき人たち以外に 単なる暇つぶしに見てます的インド人たち。

真上から様子がよく見える。

私たちが行った時には、3体火葬中だった。

ほぼ終わりかけていて、死体だとはわからないくらい焼けていたけど。

牛が迷い込んできては去っていく中で、川沿いでは、野犬が流れてきたものを喰らっていて 不気味・・。

どこからか、茶色の子牛がやってきてず~っと火の燃えるのを眺めていてお供えの花をムシャムシャ食べたりしていて、とってもかわいい。



隣に座った自称「カソーバ(火葬場)オーナー」が説明してくれたところによると、お金持ちは、ガートの台座の上で火葬する、とか、電気でも火葬できるが、ほとんどの人は、薪で燃やすほうを好むetc、

24時間、死体が運ばれてくる限りやっているそうだ。

「3体のうち、1体は、今朝沐浴中に死んだ妹の火葬を兄がしているところだ。」

彼の指差すほうを見ると、青年が火葬終了のしるしとして、瓶にガンガーの水を汲み燃えかすに投げて割っているところでした。



初めて人が死んで燃やされる様子を見て、自分でも意外だったのは、気持ち悪いとか、ショックとかいう感情を持たなかったこと。

こういう言い方は不謹慎かもしれないけど、人がたくさん働いていて、家族のみならず、ヒマだから見てます的インド人、外国人の見学者、乞食の子供達、聖なる牛、飢えた野犬etc、てんで勝手に動き回って活気さえ感じられることに不思議と違和感も感じず、すなおに見ていられた。

厳粛という言葉からはほど遠い、日常のひとコマとしてひとりの人間の人生の終わりがある、という感じ。

いや、死って終わりじゃなくて、あくまでも途中なのかも・・・、と、宗教なんてよくわからないけど、そう感じました。







3連ブレス やっと完成!



かなり前から 編んでいたのに 今 ようやく完成した私初の3連ブレスです!(できたてホヤホヤ



rinaさんからパーツを買った時、おまけにいただいたビーズも入れて、手持ちのボーンビーズの丸を中心に、落ち着いた色のヘンプでブレスにしてみました~





つけた時は、こんな感じになります

どうでしょうか?



ヘンプもビーズもいっぱいあるので、次は、2連ネックレスに挑戦しよ~かな

いや、いや、3連

やる気にさえなれば!ね・・・

憧れのインドへ2  ダラムサラ 1996

ニューデリー到着後早々、インドの手強さを実感した私たちが目指したのは チベット世界のダラムサラ。



あのダライラマが現在住んでいる チベット亡命政府のあるところ。



長距離バスに揺られて(心地よい揺れでは決してありません)やっと着いたヒマラヤの景観が望める街、というよりは村。

何十年も昔の日本のような風景。

なつかしい顔をしたチベットの人達。

女性は、チベット服にロングヘアを後ろでまとめたスタイル。

小さな男の子達は、坊主頭でマルコメ君そっくりかわいい~。

が、若い男の子は、今どきの格好の子が多く、ちょっと見は日本人みたい。



チベット人が多く住んでいるマクロードガンジに宿をとって、早速ゴンパ(チベット仏教の僧院)へ。

多くの信者があずき色の僧衣をまとって行きかうなか 西洋人僧の姿も。

バスのなかでもベルリンから来たという若いドイツ人僧と話したけど、ドイツに住んでいたときも感じたようにヨーロッパでは、チベット人やチベット仏教に対する関心はかなり高いんです。

ダライラマは、ノーベル平和賞受賞で日本人にも知られているけどヨーロッパでの人気(こういう言い方も違和感がないくらい)はかなりのものでした。

リチャードギアが、チベット仏教の信者であることは有名で、マクロードガンジにはダラムサラに来るたび彼が訪れるというカフェもあって、サインが飾ってありました~

ちなみに、カフェとはいってもしゃれたお店ではありません

でも、インドでは、パンケーキというと小麦粉を溶いたものを焼いただけのものをだされることが多いのだけど、チベット人の店だとふっくらおいしいパンケーキにありつけ、この店もおいしいパンケーキやパウンドケーキなど食べられてうれしかったな~



ダライラマは、旅行者でも申し込めば面会できるとのことで、喜んだのもつかの間、私たちの滞在中、インドにはいなかったようで残念(精力的に世界中を飛び回っているそうです

ダラムサラへの過酷なバスの旅で、バテバテだった私は、ダライラマのタフネスぶりに感心+尊敬してしまいました~



山の中ののどかな村であるダラムサラでは、道端にフツーにさるがいました

しかも、このおさるさんたち人なれしていていたずらっこなので、ホテルの部屋で休んでいた時に窓の柵のすきまから手を伸ばしてバナナを盗まれそうになったり

ここだけじゃなくて、インドでは、フツーに牛やぶたなどが街中にいました。

初めて見たときは、感動しました

だって、人間より堂々と狭い道をのっしのっし歩いてるんだよ~、牛が~

アグラでは、道端ででっかいラクダが死にかかっているのまで目撃

慌てる私たちをしり目に、インド人たちは誰一人気にかける様子もなく通り過ぎていくのでした

思うに、捨てラクダではないでしょうか?(観光客を乗せてタージマハルに行くという商売があったので、病気か何かで働けなくなったラクダが捨てられてしまったのでは?!)



ダラムサラに来て、のんびりしていたんだけど、そろそろ発とうという頃になって、二人とも相次いで倒れてしまい、(インドの疲れが出たのだと思う)なかな出発できませんでした。

ま、いいかのんびり行こう。

ここを出たら、また過酷なインド人世界が待ってるんだから・・

憧れのインドへ その1  1996

バックパック背負って旅するようになってから、インドはあこがれの国でした。

旅先で知り合った人たちのなかでも 見るからに旅慣れている人は、ほぼまちがいなくインドに旅していたからです。



私にとって、インドに旅する=バックパッカー一人前という勝手な方式から いつかは・・と、思っていましたが、なかなか行けずにいました。

インドには、呼ばれた者が旅立つ、本に書かれていたこの言葉を信じ続けて、チャンスをのがしていた私も1996年の5月、やっとあこがれ続けたインドに呼ばれました



期間は、2ヶ月。

デリーから入って、主に北インドを廻って、陸路ネパールに入国、再度インドに戻る、というダンナとのふたり旅。



当時住んでいたハンブルクから、KLMでデリーへ。

機内食のインド料理がおいしくて、おもわずデザートの名前をφ(..)メモメモ



それまでもいわゆる治安のよくない国々を旅してきた我々ですが、入国早々、インドの強烈パンチをくらいました



デリーに着いたのは、夜かなり遅かったのですが、早くホテルに落ち着きたいと思ってました。

目的地である安宿街のメインバザールに行く、という乗り合いバスを教えてもらい(一応、信用できそうな人に聞いて)、首都とは思えない暗い夜の街を走ることしばし・・・。



突然、インド人の男性(覚えてないんだけど、たぶん案内してくれた人か、その人から我々の行き先を聞いて知っていた人だと思う)が、

「ここが、降りる場所だ!」

せかされて降りた私たち。

ここではないのは明らか。



ここからは、リキシャで行くことになってしかたなく乗りこんだ私たちに あやしげなドライバーが話しかけてくる。

ドライバー「インドは初めてか?」

ド「メインバザールは、今、クローズしている。インターコンチネンタルホテルに連れて行ってやる。」(ハイハイ、やっぱ、そういうことね。)

私たち「NO!お金そんなにないから泊まれない。メインバザールに行かないなら降りてタクシーに乗り換える!」

ド「メインバザールには、行けない。」

こんなやりとりがしばらくあって・・・



突然、暗闇からポリスが飛び出してきてリキシャをとめる。

ふたりは なにやら言い合いをしているので、不安な気持ちで見ているとこれまた突然、ポリスが、ドライバーを殴りつける。

ビビる私たちに、ポリスは警棒を手に

「メインバザールには行けない!今日、爆弾テロがあって現在閉鎖されている。旅行者も死んでいる。おまえたちには、手ごろなホテルに案内するように言ってある。いいか?絶対、行ってはいけない!」

ええっ~~テロ?死者まで?



すっかりおびえた私たちは言われるまま、初めての土地で全くわからない場所に連れて行かれたのでした。



おびえてはいたけれど、半信半疑で、ホテルに着いてチェックインして やっぱりおかしいと思い始めました。

インドにしてはかなり高いホテル代をしぶしぶ払って(朝になったら速攻で出るつもりだったのでしつこく連泊をすすめられても払わず)、部屋へ。

それ以降泊まったのは安い所ばかりだったから、結果的には私たちが泊まった一番高級なホテルでしたが、まちがいなくだまされてる!と思っていた私には全然快適じゃありませんでした



で、ドッと疲れてベッドの上で見たガイドブックには、まさに今私たちの身に起きたこととそっくり同じ出来事がインドでよくあるトラブルの例として載っていたのでした

ふたりとも、このページを読んでいなかったのが悲劇でした



翌朝、日本人だから簡単にだませると、心の中で舌をだしていたであろうホテルのスタッフは、しつこく

「一刻も早く、デリーから出たほうがいい。いい旅行会社があるから、これからそこで全日程の予約を入れて個人行動は、しないように。危険だ。」(フン!もうだまされないよ~



精算時にも、モメた末、だまされっぱなしではしゃくなんで、ホテルの言ういい旅行会社とやらへリキシャで連れて行ってもらった。

このホテルはかなり中心地から離れていて、私たちの持っている本には載っていないので、現在地が全くわからないのでした。







秋の木の実のブレスレット



最近 やっと、ヘンプ編みの気力がわいてきました



ターコイズナゲットのペンダントに続いては、このブレスです



オレンジのジュートの暖かそうなけばだち具合と、茶色のネパールヘンプのざっくり感が今の季節に合ってると、思うのは私だけ?



ビーズも オレンジのとんぼ玉と、土色のテラコッタビーズにウッドビーズの小さいのを並べてみました



私にしては にぎやかなブレスに仕上がったのですが、色が落ち着いているから派手さはないでしょ?



昨日、こぶた君の空手の試合があって出かけた時に早速付けて行きました



なんだかダブルを作ったらもっと作りたくなって、今、トリプルを作製中です



明日は、ヘンプ編みの会があるので、(←現在会員(?)5名)  明日中には 完成できそうです

ターコイズナゲットのペンダント

やっと、できました~



なかなか時間がなくて こんなにかかってしまいましたが、だいたいイメージした通りになったかな



けっこうがっしりした感じにしたかったので芯が太いため使いたかったビーズが使えなかったりして(事前に確認しろよ)ど~なることかと心配しましたが・・・



不満な点もあって、最後のフリンジ部分、もうちょっと長くとってチビビーズをもっと付けたかったかな。



ひもが短すぎて、ビーズ1コがやっと通ったのも



これからの季節、タートルセーターの胸元にrinaさんセレクトのターコイズナゲットでキマリでしょう

プロフィール

旅こぶた

Author:旅こぶた
もとバックパッカー主婦。好きなのはインド、トルコ、イスラエル、タイ、バリ島などなど・・・。今はもっぱら家族旅行ですが、赤ちゃんのころから旅に連れ歩いていた子供たちもやっぱり旅好き。夢は家族でインド長期旅行!
旅日記のほか、趣味で作ったハンドメイド作品の記録も。

メールフォーム

名前:
メール:
件名:
本文:

検索フォーム

FC2カウンター


上記広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。新しい記事を書くことで広告を消せます。