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憧れのインドへ 3 バラナシ 1996

風邪が治らないまま、デリーにいったん戻った私たちは、いよいよ、聖地バラナシへ。

電車が7時間おくれでやっと到着した時は、病み上がりの私は疲れきっていました



到着そうそう、ガンガーに死体がプカプカ浮いているのを目撃

(さすが、インド人が死ぬためにやって来るというバラナシだ~)と、思ったけど 結局 死体が浮いているのを見たのはこの時だけだったので、たまたまだったようです。



宿は、ガンガー沿いの安宿で、眺めのいいテラスでは、各国の旅行者が本を読んだり、おしゃべりしたり、朝食もとれて 憩える場所。(その朝食が、ラッシーを注文しても1時間かかったり、小麦粉だけを水で溶いたようなパンケーキを食べるハメになったりするんだけど



バラナシに来た旅行者が行くところといえば、火葬場。

ガンガー沿いに何箇所かあって、私たちが最初に行ったのは、しつこいガイド(勝手に私たちについて来て、「お金はいらない」とうるさいので、ついて行った)が案内してくれたホスピス(どう見てもふつうのアパート)。

病人とその付き添いの人が何組かいるところに案内されて

「寄付をしろ。」←やっぱりね・・

私たちが出したお金が彼の懐に入るのは確実なので、彼の制止を振り切って外へ。



翌日、同じ宿の日本人が行ったという火葬場へ。

周りには、家族らしき人たち以外に 単なる暇つぶしに見てます的インド人たち。

真上から様子がよく見える。

私たちが行った時には、3体火葬中だった。

ほぼ終わりかけていて、死体だとはわからないくらい焼けていたけど。

牛が迷い込んできては去っていく中で、川沿いでは、野犬が流れてきたものを喰らっていて 不気味・・。

どこからか、茶色の子牛がやってきてず~っと火の燃えるのを眺めていてお供えの花をムシャムシャ食べたりしていて、とってもかわいい。



隣に座った自称「カソーバ(火葬場)オーナー」が説明してくれたところによると、お金持ちは、ガートの台座の上で火葬する、とか、電気でも火葬できるが、ほとんどの人は、薪で燃やすほうを好むetc、

24時間、死体が運ばれてくる限りやっているそうだ。

「3体のうち、1体は、今朝沐浴中に死んだ妹の火葬を兄がしているところだ。」

彼の指差すほうを見ると、青年が火葬終了のしるしとして、瓶にガンガーの水を汲み燃えかすに投げて割っているところでした。



初めて人が死んで燃やされる様子を見て、自分でも意外だったのは、気持ち悪いとか、ショックとかいう感情を持たなかったこと。

こういう言い方は不謹慎かもしれないけど、人がたくさん働いていて、家族のみならず、ヒマだから見てます的インド人、外国人の見学者、乞食の子供達、聖なる牛、飢えた野犬etc、てんで勝手に動き回って活気さえ感じられることに不思議と違和感も感じず、すなおに見ていられた。

厳粛という言葉からはほど遠い、日常のひとコマとしてひとりの人間の人生の終わりがある、という感じ。

いや、死って終わりじゃなくて、あくまでも途中なのかも・・・、と、宗教なんてよくわからないけど、そう感じました。







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プロフィール

旅こぶた

Author:旅こぶた
もとバックパッカー主婦。好きなのはインド、トルコ、イスラエル、タイ、バリ島などなど・・・。今はもっぱら家族旅行ですが、赤ちゃんのころから旅に連れ歩いていた子供たちもやっぱり旅好き。夢は家族でインド長期旅行!
旅日記のほか、趣味で作ったハンドメイド作品の記録も。

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